思い浮かべるもの

そろそろ、夕飯準備をと思って台所に行こうとしたら
窓の外、お隣の壁が赤く染まっていました



慌てて外に出て撮影
最近、毎日夕焼けが綺麗です
いや、ずっと綺麗だったんでしょうけど
綺麗なのに気づいていなかっただけ
日が沈む時間に外にいるとは限らないし


今日はちょっと雑誌の感想というか
雑誌を見てのヒトリゴトと思い出話です




その雑誌は隔週発行の女性向けの情報誌
連載が楽しみ、というのもありますが
いろんな特集に誘われて、ほぼ毎号購入している雑誌です


今回の特集は東京
東京に住んでいる人が書く東京の記事
「東京にいられることに感謝」の一文に
ちょっと心がチクリ


羨ましいわけではありません
東京に住もうとも住んでみたいとも思ったこともないから
でも、何だろう、見出しでさらっと、こう書かれてしまうと
地方住まいにはちょっと切ない
ライターさんも思いやりがないかな、なんて


訳の分からないつぶやきでスミマセン
書きたいのはそのことじゃなくて
名所ツアーの最初にあった国立競技場


正式には国立霞ヶ丘陸上競技場
東京オリンピックのメインスタジアムに使われたので
聖火台がありますけど
完成はオリンピックの6年も前なんですね


国立といえば何を思い浮かべますか?
年配の方ならやっぱりオリンピック
サッカー経験者なら聖地、コンサート・・・


私が国立といって最初に思い浮かぶのはあるりんご農家さん
話しは8年ほど前に遡るのですが




そのりんご農家さん、Iさんと一緒に東京へ出張したときのこと
その日の用務は午前中で終了していて
あとは次の日の用務場所へ移動すればいいだけ
仕事で来ているとはいえ、少しくらい東京見物も許されるでしょ
と向かったのが東京都庁の展望室、入室無料だし


おのぼりさんですから、結構ノリノリでした
冬だったので、富士山が見えたり
東京が一望できるような高い所っていうだけでちょっとワクドキ
弘前で一番高い建物ってせいぜい13階くらいだし)


しばらくいろんな方角を見ていたんですが
「あれ、国立競技場かな?」つぶやきながらIさんが指差した方向
結構遠くに競技場と思われる丸いものが見えたのですが
当時の私は国立競技場がその方向にあるのかどうかすらわからなくて
「そうかもしれませんね」とテキトーな返事
何で突然、国立?といぶかしげな私にIさん


「国立競技場、造ったんだ、若いころ」


へっ?造った?


りんご農家のIさん、若い頃は農業だけでは生活が厳しく
東京に出稼ぎに来ていたそうです
出稼ぎ、といっても冬の農閑期だけではなく
農業はお父さんに任せて何年も東京暮らしだったとか
そのときに造ったのが国立競技場
どの部分でどういう作業をしたのかまでは聞きませんでしたが
国立競技場を造ったというのが、Iさんのご自慢のようでした


高度経済成長期、たくさんの人が東京に出稼ぎに来ていたのでしょうね
そのころ作られた建造物、地方から出てきた人が造ったもの
結構あるのかもしれませんね




8年前には、東京のどこにあるのか場所も知らなかったけど
今では特別の思いが交錯する場所になった国立競技場
それでも、国立と聞いて真っ先に思い浮かぶのはIさん
今は75歳くらいかしら?あの出張以来お会いしていなくて
もう顔もおぼろげになってしまいましたけれど
モノを造るということが自分に与えるインパク
8年の月日が流れてもなお、それは薄れることなく
私の心に強烈に刻み込まれているのです


東京のおしゃれなお店の紹介をしている雑誌を見て
こんなことを思い出していました




最近、ヒトリゴトが多くないか?